羽生選手が音と演技について語った言葉で、「へー」と思った部分を抜粋。
“羽生:今まで「バラード第一番ト短調」では、自分は演奏者にならなきゃいけないという考えがありました。自分が音を奏でている、自分が音を出している、そうならなければいけないという強い思いがありましたが、それだけではダメだなと気づき始めました。曲があって演奏家がいて、でも僕はピアニストではないのだからその中間というか違う次元でやらなければならない。”
Ice Jewels vol.2 330.43の真実 p.21
“ジュニアの最後のころに思っていたことは、音が聞こえなくても音が聞こえるような演技がしたいということでした。しかし、今では、それは独りよがりで押しつけがましい考え方だと思っています。音が聞こえなければそれはプログラムではありません。音とユニゾンしているから、音と共演しているから、音があるからこそ感じ取れるものが絶対にあるので、そういうものを大事にしていける曲だと思います。”
Ice Jewels vol.4 進化の予兆(今季のフリースケーティング) p.25
羽生選手の演技を後で見返すときに「今度はこの音に注意して観よう」「次はこっちの音で」と、音ハメを気にして鑑賞するのがとても楽しい。細かい抑揚も体のどこかでキッチリ表現していて、それを発見するのがうれしい。
耳から聞いて感じた「何か」と、目で見て感じた「何か」が、私の体の中で共鳴する
=私の視覚と聴覚を同時に刺激される
⇒快感、感動、驚き、喜びを感じる。
今季は観客とのコネクトも挑戦しているので、現地観戦したら視覚・聴覚・肌感覚?を同時に刺激されてえらいこっちゃ。。。